3.昭和50年生まれは30歳前後でスマホゲット

振り返り

1975年、わたしが生まれた時に実家にあった通信機器は黒電話のみ。それが今はスマホとパソコンがあって、家の中ではWi-Fiで常時インターネット接続と、便利な世の中になりました。

いつの間にか今のような状態になってましたが、振り返って確認してみると、携帯電話が買い取り制になった1994年、Windows 95が登場した1995年、そしてスマホが登場した2008年など、大きな転換期があったようです。

転換期に自分の歳(昭和50年生まれ)を重ねると

20歳を迎えた1994〜1995年ごろ

携帯電話による移動通信やパソコンが身近になり始めました。

30歳を過ぎた2008年ごろ

スマホの登場で外出先でも手軽にインターネットにふれられるようになりました。
30歳前後には各種SNSも開始しました。

外出先の通信手段は公衆電話のみ。1990年代後半、大学生のときの実家は黒電話

わたしの実家は、わたしが大学生になるころ(1990年代後半)までダイヤル式の黒電話でした。上の写真は実家で使っていた電話です(600形自動式卓上電話機というらしい。 参照:NTT)。

周りではプッシュ式も多かったので、わたしの実家の黒電話は当時でも少数派だったと思います。

外出先の通信が少し可能に。1997年ごろ、大学生後半にポケベルデビュー。

出典:Dr南部の研究ノート

1987年、数字を表示できる機能が追加されて一般への普及が急速に進んだポケットベル。

わたしがいつからポケベルを使ったのか記憶が定かではありませんでしたが、上の画像の機種(センティーネクストF11)を使っていた気がするので、その発売時期から推測すると大学4年生だった1997年ごろだったようです。

初めて手にした自分専用の通信手段でしたが、ポケベルにメッセージを送る機能はなかったので、引き続き公衆電話や自宅の電話は必要でした。

数字しか表示されない機種では「084(オハヨー)」や「106410(TELシテ)」など語呂合わせが駆使されていました。

わたしが持っていたのはカタカナ表示できる機種で、「11」と打って「ア」、「12」と打って「イ」などを繰り返して文章を作成していました。最後にシャープを押すと確認のために機械音がメッセージを読み上げてくれたと思います。

11 ア12 イ13 ウ14 エ15 オ
21 カ22 キ23 ク24 ケ25 コ
31 サ32 シ33 ス34 セ35 ソ
41 タ42 チ43 ツ44 テ45 ト
51 ナ52 ニ53 ヌ54 ネ55 ノ
61 ハ62 ヒ63 フ64 ヘ65 ホ
71 マ72 ミ73 ム74 メ75 モ
81 ヤ82 (83 ユ84 )85 ヨ
91 ラ93 リ93 ル94 レ95 ロ
01 ワ02 ヲ03 ン04 ゛(濁点)05゜(半濁点)

わたしの実家は前述したようにダイヤル式の黒電話だったので、近くの公衆電話まで出かけて入力していました。(初めてポケベルを使った時はダメもとで家のダイヤル式黒電話で挑戦しましたが当然ダメでした…笑)

例えば「15813372」と打って、確認音声で「オヤスミ」というメッセージが確認できたらOKで、もし打ち間違えていたら初めから打ち直し。

今から考えると面倒な作業に感じますが、実家住まいの学生にとっては夜遅くにお互いの実家の電話を鳴らすわけにもいかず、ポケベルが役立ちました。あと、待ち合わせなど出先でも欠かせない存在でした。

外出先で双方向通信が可能に。1994年から売り切り制導入。1998年の社会人でガラケーデビュー

出典:NEC

会社の同期で何人かは大学から携帯(PHSを含む)を使っていた人がいましたが、わたしが携帯電話を使ったのは社会人1年目の23歳、1998年からだったと思います。

学生の時は携帯電話の状況をあまりわかっていませんでしたが、携帯電話は1993年まではレンタル扱いだったんですね…知りませんでした。1994年、わたしが19歳になったころに売り切り制がスタートして、今のように店頭でも購入できるようになり価格も安くなっていったようです。


出典:総務省

入社2年目の年からiモードのサービスが始まっているのですが、あまり活用した記憶はないです。

一方で、手軽に写真を撮って送れるようになった「写メール(写メ)」や、着信音をカスタマイズできる「着メロ」など、今と比べると質素な機能でしたが、当時はそれだけでも充分楽しめていたように記憶してます。

外出先でのインターネットが身近に。2008年33歳の時、iPhoneが日本で発売

2008年、社会人10年目にしてようやくiPhoneが登場しました。

ですが、当時iPhoneを取り扱っていたのはソフトバンクだけでした。docomoユーザーだった私は「そのうちdocomoでもiPhoneを取り扱うだろう」と思って待っていたのですが、2年経ってもdocomoで扱う気配がなかったので、35歳になった2010年に、約10年お世話になったdocomoからソフトバンクに乗り換えてiPhoneを手に入れることになりました。docomoがiPhoneを取り扱うようになったは2011年からでした。

iPhoneを手に入れてから使わなくなったものがいくつかありますが、ひとつ目は音楽プレーヤー。当時はiPodを持っていて、CDやMDを持ち歩く必要もなくなったiPodは音楽プレイヤーの最終形かと思ってましたが、まさかその機能がiPhoneという電話に組み込まれるとは想像だにしていませんでした。

ふたつ目は地図。私は方向音痴で、迷って目的地に電話したり、ガイドブックや地図を持っていても現在地や方角の確認に苦労してましたが、スマホになってからは紙の地図を持つことはなくなりました。

3つ目はカメラとGPSロガー。GPSロガーは馴染みのない方もいらっしゃるかもしれませんが、デジタルカメラに同期させると撮影した時間や位置情報がわかるというアイテムです。旅行に行くときはカメラと共に持ち歩いてました。どこでいつ撮影したかの情報があると、思い出が鮮明になったりするので。それもiPhoneに入ったことで不要になりました。(最近は犯罪防止のためあえて位置情報を削除することもありますが)

コミュニケーションが一気に多様化。2004年以降、30歳目前で各種SNSサービスが開始

わたしが社会人になって6年ほど経った2004年、招待制のSNSとして始まったのがmixi。翌年の2005年、30歳の時に開かれた同窓会ではお互いをmixiの友だち(マイミク)に登録し合っていたような記憶があります。知り合いの近況などもしばらくはそこで見ていました。

改めて調べると、それぞれ以下のような時期にサービスが開始されていたようです。

mixi

2004年2月サービス開始

Twitter

2006年サービス開始、2008年4月日本語版

Facebook

2004年サービス開始、2006年9月までには一般公開、2008年5月日本語版

LINE

2011年6月サービス開始

Instagram

2010年10月AppStoreにてリリース、2014年2月日本語版

YouTube

2005年12月公式にサービス開始、2007年6月日本語版

mixiが始まったのは2004年でわたしが29歳になったときでした。TwitterやFacebookの日本語版が始まった時は33歳、LINEは36歳、Instagramの日本語版が始まった時には39歳。振り返ると、結構いい歳になっていたんだなぁと改めて実感。

まとめ

50年生まれの視点で見ると、1975年から20年の間の通信機器はほぼ固定電話だったのに、そこから20年経った2010年代後半にはポケベルからガラケー、スマホへと移り変わり、そのスマホ上でSNSや買い物が行われているという、加速度的な変化に驚きます。

今、1970年代には想像していなかったような便利な「未来」を生きていますが、変化の真っ只中にいたときには「携帯電話」「インターネット」「スマートフォン」「ブログ」「Twitter」「wi-fi」などの技術がバラバラに生まれていることしか認識できていませんでした。「未来」はそんなバラバラな技術が結合したときに現れるのだなと実感しています。

今もまさに、、ウェアラブル端末やAI、ドローン、ロボット(ペッパーくんみたいなものも含めて)、6G、VR、仮想通貨、NFTなど新しい技術が続々と生まれていますが、この先の10年後や20年後にそれらが組み合わさって世の中がどう変わるのか、怖さもありつつ、楽しみにしたいと思います。

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